第151号   愛命園だより「あゆみ」   平成23年4月

ここは私の“おうち”です
副園長 林 弘子

 新年度がスタートしましたが、東日本では未曾有の大災害に見舞われ、心が痛みます。被災された方々、亡くなられた方々に、心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。
さて、私、23年度は園の規定による最後の一年になると、心の準備をしておりましたところ、副園長を拝命いたしまして、今しばらく仕事主体の生活を送らせていただくことになりました。他から必要とされる、これに勝る喜びはありません。
 社会福祉法人新会計基準へのスムーズな移行、後進の育成など課題をかかえておりますが、微力ながら精一杯やらせていただく所存でおりますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
 愛命園ができてからの年数と、私の勤務年数は同じです。そんな私が、最近の愛命園の大きな変化を感じています。
 とかく団体生活は、「あれはダメ」「これはダメ」「我慢しなさい」「みんなと同じに」「いっせいに」・・・・・・・・・・・これがごく普通に行われ、かつての愛命園もその傾向にありました。それも無理からぬこと、たとえ個々の希望をかなえてあげたくても、職員の手が回らない状態が長く続いてきたように思います。
 中にいる人は変わらないのに、法律が変わるたびに、施設種別も、重度身体障害者更生援護施設から視覚障害者更生施設になり、少ない収入・ギリギリの職員数で重度重複障害の利用者に安全に日々を送ってもらうことに汲汲としていたのです。
 「視覚障害が進んだから愛命園さんに」と、他施設から措置替えになった利用者の措置費が、もといた施設より4万円低い単価という理不尽さに憤慨したこともありました。
 しかし平成19年4月1日、新しい法律「障害者自立支援法」に基づいて新体系の施設、障害者支援施設に移行してから、愛命園が大きく変わりました。
 まず職員数です。平成18年には嘱託医を含め37名でしたが、現在53名です。
 施設種別で決まっていた報酬が廃止されて、利用者一人一人の障害の程度を反映した報酬体系に変わったため、健全な人件費比率をクリアしながら、利用者の実態に即して必要な職員数をおくことが可能になったのです。
 移行して1年間は、職員も利用者も新体系のもとで、正直どうしていいかわからないといった状態ではなかったかと思いますが、今さまざまな企画が個別対応として、あるいは同じ好みの小グループで行われ、利用者自身「あ、こんなことも言えばしてもらえるんだ、連れて行ってもらえるんだ」「次は何々がしてみたい」と、希望を膨らませておられるのがわかります。
 何年か前、「脱施設」「地域へ」「施設は必要悪」などという言葉が声高に言われた時がありました。国により、施設入所者を何万人削減という具体的な数字まで出されたということも耳にしました。
 新しい制度になって、利用者のご家族と施設が契約書を交わした時のことです。もし上の方から、数値目標でも示されて、何人かは施設から地域へと言われた場合、お宅は可能ですかとお尋ねしたところ、「ああ、その時は一家心中です」と言下に否定されました。
 今、利用者名簿を見渡したとき、すぐに1人1人の入所理由が頭に浮かぶのです。「どこに行っても断られました」「視力が落ちたので、入っていた知的の施設から出て行くように言われました」「早急に施設を見つけないと、家に一人置いて行くようなので、結婚が決まった妹が嫁に行けないのです」「みていた母親が亡くなったので」等々、枚挙に暇がありません。
 こういう現実を山ほど見てきた私には、施設は不必要なものとは到底思えません。
 私達が地域に暮らしていても、一戸建てあり、高層マンションあり、賃貸あり、持ち家あり、中山間地あり、都会の真ん中あり、しかも、自分の生まれた地域の生まれた家で大人になっても暮らしている人はごくごく少数でしょう。
 施設は、地域のひとつの社会資源です。
 もし施設の中で、がんじがらめの規則に縛られて、我慢我慢の生活を送らなければならないような施設なら、そういう施設はいりません。冬の朝、冷たい水で顔を洗わなければいけない施設もいやです。
 62名の入所利用者中、15年以上いる方が39名、その内でも、30年以上いる方が24名という現実からみても、ここは彼らにとって住み慣れた我が家そのものではないかと思うのです。
 毎日の生活が安心して安全に送れるように心を配るのは当然のことですが、我が家であれば、いかに快適に過ごせるかに意を用いなければなりません。
 ひところは、平等でなくなるという職員の意見が出たこともありましたが、ここは“キブツ”ではないのです。
 一人一人のニーズは違います。62人いれば62通りの個別支援計画があって当然です。「お好み焼きがおいしいと評判の店で、熱々のお好み焼きを職員と1対1で食べる」「お寿司が好きなので、回転寿司でおなか一杯食べる」「お母さんが病気がちでもう面会に来てもらえないから、こちらからお母さんのいる老人施設へ面会に行く」「月に1度は必ず、20km離れているけれど、安くて品揃え豊かな大型スーパーに買物に行く」「自分の個室用の大画面テレビを買いに、家電量販店に行く」「シネコンに、西原里絵子の『毎日かあさん』を観に行く」…この映画を観たNさんからは「面白かった、事務長さんも行ってみんさい。これからはこういう機会を再々もとうと思うんよ」と言われました。それで私も行って、面白かったです。
 いろいろな実施計画書と報告書が回ってきます。かつての愛命園ではみられなかった楽しい企画、というよりこれがごく一般的な地域生活でしょう。
 先日は、ある利用者の十三回忌法要を園で執り行いました。その利用者Tさんは、昭和48年6月1日、愛命園開園の日の第1号の利用者でしたが、平成11年4月5日65才で亡くなられました。Tさんのお骨は、園の敷地内の納骨堂に納められています。
 Tさんの入所風景は、私にとっては強烈なものでした。「他に行く所がないからずっと精神病院に入れていましたが、愛命園ができたので連れてきました。ここに来る途中で布団や洗面用具を買い揃えて来ました。」付添って来られた県東部の福祉事務所職員の言葉でした。
 「この人が精神病院に!?」というような方でした。穏やかで、人の悪口も言わねば、自分の置かれている境遇へ不満も言わず、ちょっとひょうきんで、いつもニコニコ、タバコをふかしながら園の生活を楽しんでおられた方でした。もし愛命園ができていなかったら、そのままずっと精神病院に入れられていたのかと思うと、それ一つとってみても、ああ、愛命園ができて良かったと思わずにはおれません。
 法要は、Tさんの葬儀の導師をお勤めくださり、納骨堂ができるまでお骨を預かって下さったお寺のご住職にお勤めいただきました。当時の園長であった山本八重先生には、施主を勤めていただきました。お経、墓参り、お斎と、厳かなうちにも、あたたかな法要でした。
 この十三回忌法要にしても、地域であればあたりまえのことです。地域に暮らすのと同じようなことができて、地域よりむしろ安全、安心、快適であったなら、施設は決して無用のものではないと思うのです。
 せっかく地域に住むのと変わらない生活を一つ一つ実現していけるようになったのに、またまた法改正に翻弄されることのないよう、切に祈るものです。
 最後になりますが、時々ショートステイを利用されていた方が、入所申請されている施設にあきが出て、そちらの入所者になられたため、現在湯来町民の方のショート利用がゼロになっています。相談支援事業のほうでは、関わっている方もありますが、なんとか、地元湯来町の方にもご利用していただける施設形態がないものか、ない頭をひねっています。皆さんお知恵をお貸し下さい。



花見
生活支援員  石田 まゆみ

愛命園恒例の、お花見を4月5日に行いました。
 今年はいつまでも寒く、桜も蕾のままでしたが、当日の青い空と紅白幕やちょうちんで、レンガ通りを賑やかに飾りつけ、桜の花はないものの、花が咲いたようなお花見となりました。
 自治会新会長の宮木さんの乾杯で始まり、花見弁当も彩りよく、筍ご飯やお寿司と大変美味しく、「美味しいよ」とよく食べられ、ビールやチューハイで、顔を赤く染めている、利用者さんもおられました。
 当日は、とても天気がよく暖かで、会食後のカラオケでは、予想以上の利用者さんが、次はこの歌、私はあの歌を歌いたいと、次々とレンガ通りへ出てこられました。音楽がなくても、歌う利用者さんや、替え歌にして歌い、盛り上げる利用者さん、お返しとばかりに、替え歌で返す職員と本当に笑い声が絶えない、賑やかなカラオケタイムとなりました。
 東北大震災と言う、悲劇的なニュースが、流れている中、皆さんの笑顔で心が和んだ、ひと時となりました。



グループ外出に行ってきました
生活支援員  河口 香菜子

2〜3月にかけて毎年恒例のグループ外出に出かけました。
 昨年度の冬は例年以上に寒く、雪がたくさん降りました。風邪を引いて日程が変わった人がいたり、雪が降る中での外出になったりと寒い冬ならではのハプニングもありましたがみなさん無事に帰ってこられました。行き先はサンリブ、フジグランへの買い物コースと可部の湯、ゆーぽっぽへの入浴コース、プリンスホテルへのバイキングです。買い物コースは変わらず人気でサンリブは2班に分かれて出かけたほどです。昨年からコースに入れているフジグランの方が人気が出るかと思っていましたが、やはりどこに何があるか熟知している「買い物コースの定番」サンリブは不動の人気の持ち主でした。
 入浴コースの可部の湯とゆーぽっぽも参加者が多く、可部の湯では入浴、食事、買い物を、ゆーぽっぽでは入浴のほかに大衆演劇をそれぞれ楽しんでおられました。
 最後に行われたプリンスホテルのバイキングではきれいな海の見えるレストランでおいしい料理を楽しまれたようです。料理を楽しんだ後はサンリブで買い物を行いました。
 6班全て無事に終わり、利用者の皆さんそれぞれ楽しんで帰ってこられています。5〜6月にもグループ外出があります。こちらも楽しみですね。


利用者の声
フジグラン 管原真子さん

 フジグランは買い物も思う存分できたし、食べたいもの、飲みたいものも思うように取れたのでとてもよかったです。たまには違うところへ行くのもいいと思いました。これを機会にまた行きたいです。


ゆーぽっぽ 永田みさ子さん

職員「ゆーぽっぽはどうでしたか?」
永田さん「良かったよ。歌聞いたんよ。」
職員「ゆーぽっぽで何を食べましたか?」
永田さん「カレーうどん。おいしかったよ。演劇また見たいな。今度は川中美幸のコンサート行くんよ。」


プリンスホテル 藤正裕美子さん

職員「プリンスホテルはどうでしたか?」
藤正さん「(料理が)おいしかったです。(プリンスホテルは)海がきれいだったです。サンリブで買い物しました。」
職員「何を買いましたか?」
藤正さん「松田聖子ちゃんのCDを買いました。」
職員「楽しかった?」
藤正さん「はい!」



第1支援 活動報告
生活支援員 明石 郁子

 今年はなかなか春が来ず、3月の終わりになっても、雪が降る寒い日が続きました。寒い寒いと凍えながら、出勤する私たちを迎えてくれるのは、元気いっぱいの利用者の挨拶です。
 今回も、第1支援の活動をお伝えしたいと思います。
 昨年から、月1回の定例行事として、地域の河野図書館に出かけています。多くの本の中から、それぞれ好きな本を持ち寄り、「これ読んで」と職員の所へ持ってこられます。図書館の方にも、湯来の民話を紙芝居にして読んで頂いたりし、利用者も自分たちの住んでいるところの話に興味津々でした。紙芝居をめくるたびに、「へぇー」とか、出てきた動物の鳴きまねをしたりと、いろんな話に聞き入っておられました。本を読むことで、新たな知識や、世界が広がり、地域の方との交流ともなり、利用者も多くの方が楽しみにしてくださっている活動の一つです。
 3月には男性の利用者が、仲の良い方にホワイトデーのクッキーを作りました。
 バターや小麦粉などを量って、一つの袋に入れ、根気よく混ぜ続けます。最初はバラバラだったものが、徐々にまとまっていき、一つの塊になりました。それを麺棒で伸ばして、型抜きをしていきます。それぞれ好きなトッピングをして、オーブンへ!!後は、いい匂いと共に、焼きあがるのを待つばかりです。
 出来上がり!!少し味見をして、職員や女性の利用者など思い思いの方へプレゼントをしました。
 新年度に入り、新たな活動として、手芸を始めました。ダンボールに毛糸を巻きつけ、ボンボンを作ります。また来られた際、利用者の居室など、飾ってあると思うので、みて見てください。
 また、一人分のコーヒー豆を、コーヒーミルでひき、挽きたてのコーヒーを味わうというのも実施しました。
 季節の行事としては、春の訪れと共に、お弁当を持って遠足に出かけたりというのも企画中です。
 このことについては、また次回のあゆみで報告をしたいと思います。


感謝の愛命園特製カレー
管理栄養士  青木 ましず

 今年もいただきました。やたらと寒く雪の舞う日が続く2月の愛命園玄関に、善意の食品がどっさりと届きました。広島市佐伯区のカーブス2店舗さまが社会貢献活動として『フードドライブ運動』、家庭にある保存食品を募り施設に寄付する活動を今年で4回目の取り組みとしてされました。2回目から寄贈していただき心待ちにしていました。
 食べること大好きな利用者さんは、米や調味料にレトルト食品などを前に「ありがとうね!うまいもん作ってやぁ〜」と。 さぁここから私栄養士と給食部門を全委託している『身内の気持ちになって』をモットーに業務して下さっている富士産業株式会社の皆さんの出番です。一部屋に積まれたカーブスさまの暖かい思いの213kg余りの食料品、毎日の献立に取り入れさせていただきました。その中から最高に美味しかったカレーの紹介です。材料はいつもと同じ… でもコンソメやブイヨンそしてカレールウは甘口、中辛、辛口種類もメーカーもさまざま、プラスレトルト一人分カレーも大鍋にポチャリと加え、あれこれごちゃまぜカレーはカーブスさまの愛情調味料もたっぷりで、この上ないおいしさで完成!食堂がにぎわった日でした。
 来年の5回目も期待してカレー作りの腕を上げておきたいと思っています。


愛命園利用者自治会長さんより
サービス管理責任者 高橋 義彰

 愛命園の利用者自治会長さんには沢山の仕事があります。愛命園利用者のまとめ役としてはもちろん自治会の進行、各催事の際の挨拶、ススキ配布等、多忙です。
 このたび平成22年度の愛命園利用者自治会長 江野脇 操さんから、平成23年度 宮木秀憲さんにバトンタッチされました。お二人に一言ずつコメントを頂きました。

平成22年度会長 江野脇さんから
「自治会、がんばりました。ありがとう。またがんばります。」

平成23年度会長 宮木さんから
「みんなの役に立ちたいです。小柳くん(会計)らと一緒にがんばるよ。」

江野脇さん、宮木さんとも過去にも何度か自治会長を務めておられ、その社交的な性格で各方面で手腕を発揮しています。これからも愛命園利用者自治会を盛り立てていかれることと思います。がんばっていきましょう。



〜木漏れ日〜 リレー随想
生活支援員 益成 純也

 私が愛命園に訪れたのは、高校時代ボランティアで、園まつりのアトラクションに和太鼓を演奏しに来たのが初めです。あの頃は私もまだ学生で、皆さんからの印象ではあまり記憶に残っていらっしゃらないかと思いますが、私にとっては貴重な体験で、愛命園の様子が断片ながら今でも脳裏に焼き付いています。
 その当時は、この場所で働くことになるなど考えもしませんでした。
 あれから数年の月日が経ち、今私は愛命園の職員として利用者の皆さんのために働かせていただいています。
 私が愛命園職員となり、1年が経過しました。時代の流れとともに社会も施設も利用者さんの様子も大きく変化してきています。利用者さんと過ごしている内に私のこれまでの考えや視点は大きく変わりました。なにより人生の先輩方でもある利用者さんから教わることが多く、「ここで利用者さんのために頑張りたい」という気持ちがより一層深まり、「利用者さんのために何ができるのか」「面白くできることはないかな」などを考えるようになりました。
 私自身、まだまだ若輩者ではありますが、日々精進をかさね、皆さんと楽しく過ごしていきたいと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いします。



【寄せられた善意】
[平成23年1月27日〜平成23年4月25日]
(順不同・敬称略)

《現  金》
石本 一憲       青原 清美
波多野 八千代     森 洋子
清水 都美子      前川 昭夫
株式会社 ビッグラン  愛命園利用者自治会
湯来町農村環境改善センター
YMCAコンフォレスト湯来
湯来ふるさとプロジェクト
付添看護共済愛命園支部
湯来ジュニア野球クラブ

《現  物》
ウエディングドレス・タキシード
ゆかり屋本店
食材          カーブス各店
インスタント麺     末田 弘明
洗剤          谷川 隆子
マスク         小島薬局
りんほか仏具      山本 八重

日本財団様より助成いただき、公用車としてスズキアルトを導入いたしました。相談支援事業を、より小回りの効くものにするため活用いたします。ありがとうございました。

《朗読奉仕》
どんぐり会      湯来朗読サークル

※ いつも暖かいご支援ありがとうございます。諸般の事情で掲載を控えさせていただく場合もあります。

人の動き

《就  職》
4月1日付
理学療法士 大成 敏正

着任の挨拶
理学療法士 大成 敏正

 19年間の勤務を終えこのたびご勇退された佐々木浩二先生の後任としてお世話になることになりました。これまで福山市民病院で発症間もない患者さんのリハビリを担当していましたので「愛命園」での仕事は全く勝手が違い戸惑っていますが、早く職員の皆さんや利用者の皆さんの顔や名前を憶え、利用者個々に応じた理学療法が行えるよう頑張りたいと思います。皆様のご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

《異  動》

4月1日付
吉田 千夏  非常勤事務員から常勤事務員へ

事務員 吉田 千夏
 私は昨年の4月から勤務させていただいています。当初は、現場勤務をしており、利用者の皆様と様々な活動を通して、多くのことを学びました。
 そして昨年11月より庶務課となりました。慣れない業務に至らない事も多くありますが、庶務課の方々に助けていただき、業務にあたらせていただいています。
 又、現場とはちがう利用者との関わりがあることを知り、利用者とも充実した日々を送っています。その関わりを大切にし、さらに庶務課としての業務に努めてまいりますので、利用者の皆様、御家族の皆様、職員の皆様よろしくお願いします。

《退  職》
3月31日付
理学療法士 佐々木 浩二
サービス管理責任者 宇田 辰彦
非常勤生活支援員 坂元 弘道

本誌の掲載写真については、同意を得ております。



【編集後記】
 愛命園の桜並木が切手になりました。広島市佐伯区のみどころのひとつとして、大森神楽団や湯来温泉の桜並木などと共に1枚のシートに収まっておりました。事前にそのような話はなく驚きました。
 しかし、こういう写真で見ると、見慣れた風景もどこか違う場所のように思えるのはなぜなのでしょうか。 (HY)